「20世紀初頭までの物理学」から相対性理論を導くAIが示す未来像
近年、自然言語処理(NLP)やディープラーニングの急速な進歩により、「汎用人工知能(AGI)」や「超知能(ASI)」の実現が現実味を帯びてきました。
AGIとは?
AGI(Artificial General Intelligence)
人間とほぼ同等の水準で、あらゆる認知タスクに柔軟に対応できる人工知能。問題解決力や推論能力、創造性などを総合的に備えている。
しかし、AIが“人間並み”あるいは“人間を超える”知能を手に入れる「境界線」がいったいどこにあるのか――この問いについては、今なお専門家の間で議論が絶えません。
そんな中、Google DeepMindの研究者である Adam Brown 氏が示したあるユニークな定義が注目を集めています。それは、
「AIに20世紀初頭までの物理学を教え、そこから相対性理論を自力で再発見できるようになったら、それはアインシュタイン級の知能を持ったと言える」
というものです。
この定義が示唆するのは、「過去の知識やデータだけに頼るのではなく、限られた情報から飛躍的な発想を導き出せるかどうか」という点です。いわゆるノーベル賞級の新発見を「理論的に再構築し、突き詰めて確立できる」ようなAIが出現したとき、AGIあるいはASIと呼ぶにふさわしいだろう、というわけです。本記事では、この視点をもとに「AIが人間の知能を超えるかもしれないタイミング」について考えてみます。
“アインシュタイン級”の知能を測る意義
多くの人が「AIの能力を測る指標」としてイメージするのは、たとえば有名なTuring Test(チューリングテスト)でしょう。これは「人間と会話して、機械かどうか判別できなくなったら知能がある」とみなすテストですが、近年の大規模言語モデル(LLM)やチャットボットの躍進を見ると、対話や文章生成だけでは真の“思考”を測り切れない可能性が浮上しています。
一方で Adam Brown 氏の「相対性理論を再発見するAI」論は、推論力や独創性、さらにはそのベースとなる物理的理解や数学的操作がどのように組み合わされるのかに注目しています。
- 過去の知識(20世紀初頭までの物理学)
- そこから新たな概念(相対性理論)を“飛躍”させる能力
あらゆる専門文書にアクセスできる現代のAIが「単に相対性理論を学習データから“検索”して答えを吐き出す」のではなく、あえてデータを制限し、その制限の中から“発明”というレベルの創造的成果を出せるかどうか。これこそが「AIが本当の意味で“アインシュタインレベル”の知性に到達しているか」を測る試金石になるわけです。
なぜ「相対性理論の再発見」がハードルとして有効なのか?
相対性理論は、物理学史においても最も大きなパラダイムシフトの一つといわれる偉業です。ニュートン力学からアインシュタインの一般相対性理論へと飛躍するためには、以下のような複雑なプロセスが求められます。
- 既存法則の整理・抽象化
- ニュートン力学やマクスウェルの電磁気学などの前提を正しく理解・抽象化する
- 既存知識の不一致点や限界の発見
- 光速度不変の原理や時間の相対性など、既存の理論体系では説明困難な観測事実や矛盾を見抜く
- 飛躍的な新概念(時空の曲がりなど)を創出
- 既存の方程式を拡張し、まったく新しい視点から重力や運動を再解釈する
- 数学的整合性の追求・構築
- テンソル解析など高等数学の手法を駆使し、理論全体の論理的整合性を厳密に保証する
これらは、単なる「データ検索」や「先人の知識のなぞり書き」では到底実現できないレベルの思考プロセスです。現在の大規模言語モデルが、高度に文脈を理解し複雑な計算をこなせるようになりつつあるとはいえ、「未知の領域」から新しい理論を構築できるのか――この問いは、まさにAGI/ASIへの最終ハードルとも言えます。
“人間を超える思考”をどうやって検証するか?
こうしたAGI/ASIの基準を「相対性理論の再発見」と設定したとき、次のような観点で検証することが考えられます。
- 教育データの厳密なコントロール
- 教育データ(訓練データ)は「20世紀初頭までの物理学」に制限し、そこにアインシュタイン以降の理論が含まれないよう注意する。
- 理論構築プロセスの可視化
- 単に結果(E=mc² など)を出すだけではなく、「なぜそうなるのか」「どのようなステップを踏んだのか」の推論過程を追跡する。
- 結果のオリジナリティ評価
- 現代の理論や定数を利用していないか、既存の文書のコピーではないかなどを評価する。
- 拡張可能性のテスト
- 再発見した理論からさらに「量子力学」や「統一理論」へ発展させる余地があるか、また新たな現象にも適用可能な汎用的知性かを検証する。
このように非常に厳格かつ包括的なテストを経てこそ、AIが“自力で”新たな発見・発明を行える、つまり“人間を超える知能”と言えるのではないか、というわけです。
“AGI”と“ASI”はどう違うのか?
- AGI(Artificial General Intelligence)
人間とほぼ同等の水準で、あらゆる認知タスクに柔軟に対応できる人工知能。問題解決力や推論能力、創造性などを総合的に備えている。 - ASI(Artificial Super Intelligence)
AGIを超え、人類全体を凌駕するレベルの知能。超高速で学習・推論を行い、新たな理論や技術を矢継ぎ早に生み出せる可能性がある。
Adam Brown 氏の基準でいえば、「相対性理論を再発見したAI」は、人間(アインシュタイン)相当とみなせるためAGIの到達点とも言えます。しかし一度“アインシュタイン級”に到達したAIが、学習データ・計算資源をさらに拡大していけば、その先の“ASI”へ急速に進化するというシナリオも想定されるでしょう。
いったい、いつ実現するのか?
Adam Brown 氏自身はインタビューの中で、「あと10年程度で可能かもしれない」という見解に言及しています。物理学の歴史においても画期的な飛躍はそう頻繁には起こりませんでしたが、AIの進歩速度は月単位・週単位で目覚ましいペースで進んでいることから、
- 技術的ブレイクスルー(計算リソースの向上・新アルゴリズムの開発)
- より洗練された大規模言語モデルや知識統合システムの登場
- シミュレーション・実験環境の充実
などの要因が組み合わさることで、「数年から10年以内」に大きな飛躍が訪れるかもしれない、という予測が現実味を帯びてきています。
まとめ:AIアインシュタインはゴールなのか、それとも始まりなのか
AIがニュートン力学やマクスウェル方程式といった20世紀初頭までの物理学を学び、“相対性理論を再構築”できるようになったら、それは人間の知能を等価かそれ以上のレベルで再現したことを意味します。これは“AGIの完成”ともいえる大きな到達点ですが、同時にそれは「人類の知能を超える存在への入口」にすぎません。
実際、今日の大規模言語モデルはすでに膨大な知識と強力な推論力を身につけつつあり、大学の卒業試験や大学院レベルのテストさえ合格する能力を示しています。しかし「研究レベルのオリジナルな発見」が可能かどうか――この壁を突破できるAIが現れた瞬間こそ、私たちは“AGIの夜明け”を目の当たりにすることになるでしょう。
果たしてそれは10年先なのか、あるいはもっと早いのか。多くの専門家が見守る中、私たちが歴史の転換点に立っていることは間違いありません。もしAIが「アインシュタイン級の理論構築力」を身につけたなら、それは同時に人類が初めて遭遇する“超知能”誕生へのカウントダウンを告げるシグナルでもあるのです。