はじめに — この記事を読むメリット
「生成系AIを仕事やプライベートで使ってみたいけど、自分のニーズに合わせて微調整するのは難しそう」
「モデルを訓練するには膨大な時間とコストがかかるのでは?」
と感じている方は多いのではないでしょうか。実は、最先端の研究では「モデルを再学習させなくても、新しいタスクに対応させられる」画期的な仕組みが登場しています。
この記事では、Sakana AIが開発した「Transformer²(トランスフォーマー・スクエア)」を例に、推論段階で動的にモデルの重みを調整し、新しいタスクに即座に適応するAI技術をご紹介します。
この記事を読むことで、
- LLM(大規模言語モデル)の最新動向を知り、ビジネスや学習への応用イメージがつかめる
- 従来のコストや手間を大幅に削減する「推論時アダプテーション」のコンセプトを理解し、現場での運用・導入アイデアが得られる
- 「もうAIは専門家だけのものじゃない」という、驚きの事例や技術の進化を知ることで今後のAI活用の可能性を広げられる
というメリットがあります。いざ記事を読み進めると、行列分解によって「AIの能力をスイッチのようにオン・オフする」という、まるでSFのような仕組みに驚かれるかもしれません。ぜひ最後までご覧ください。
従来の課題とTransformer²のアプローチ
そもそも「LLMを微調整する」とは?
大規模言語モデル(LLM)は巨大なパラメータを持ち、一般に「新しい分野や異なるタスク」に対応させるためには、ファインチューニングと呼ばれる再学習プロセスが必要とされてきました。これはモデル内部の重み(パラメータ)を学習データと照らし合わせて最適化する手法ですが、計算リソースや時間的コストが非常に大きいという問題があります。
そこで生まれたのが、より小さな変更だけでモデルを適応させるLoRA(Low-Rank Adaptation)などのアプローチです。主モデルの大部分を凍結し、一部のパラメータのみを更新することで負荷を軽減します。しかしLoRAも、「推論時」に動的に重みを変えられるわけではなく、一度タスク向けに調整したあとは基本的に固定されてしまいます。
Transformer²による「推論中の重み調整」
一方で、Sakana AIが開発したTransformer²(Transformer-squared)は、推論(実際に入力に対して応答を生成する段階)において、リアルタイムで重みを最適化するという新しいアプローチを取っています。大きく分けて次のような2ステップで動作します。
- ユーザーのリクエストを分析
- 入力されるプロンプトから、タスクの種類や必要となるスキルを推定する。
- モデルの重みをタスクに合わせて調整
- 必要なスキル部分だけを強化するように重みを変更し、その状態で最終的な応答を生成する。
これにより、あらかじめ特定のタスクに絞って学習をやり直す必要がなく、「どんなリクエストにも、その場で最適化して回答できる」ポテンシャルが生まれます。
仕組みの鍵:行列分解とzベクトル
Transformer²の核心的な技術として挙げられるのが、SVD(Singular-Value Decomposition:特異値分解)と呼ばれる行列分解の手法です。LLMの重み行列(各層でのパラメータ)をSVDで分解すると、モデル内部に潜む“技能”を表す要素が浮き彫りになるといいます。
“技能の部品化”——SVFとzベクトル
Sakana AIの研究者によると、SVDを施した後はモデル内部の重みを“言語理解”や“数理能力”、“コーディング能力”など、ある程度要素化して扱うことが可能になるそうです。そこから彼らは、SVF(Singular Value Finetuning)という手法を考案し、SVD後の各要素をzベクトルというコンパクトな表現で持たせることに成功しました。
- zベクトル:特定のスキルに対応する小さな数値ベクトル
- 推論時には、タスクの種類(例:数学問題、プログラミング質問)に応じて対応するzベクトルを組み合わせたり調整することで、モデルの回答精度を高める
イメージとしては、「言語モデルの中にあるスイッチ群を、必要に応じてオン/オフ、あるいはつまみを回して調節する」ような感覚に近いかもしれません。
実証結果:LoRAとの比較や転移可能性
Sakana AIは、MetaのLlama-3やMistralといった人気のLLMに対してTransformer²を適用し、従来のLoRAなどと性能を比較しました。結果は以下のように報告されています。
- 数学・コーディング・推論・画像質問応答など複数のベンチマークで、LoRAよりも高いスコアを達成
- パラメータ数もLoRAより少なく、推論時に重みを変えられないLoRAに比べて柔軟性が高い
- 学習したzベクトルを他のモデルに移植しても、ある程度効果がある(たとえばLlamaで得たzベクトルをMistralに適用)
もちろん異なるアーキテクチャ間での転移は、まだ完全な性能を発揮できるわけではありません。しかし、「一度学習したスキルを別モデルにも共有できる」可能性が示された点は今後の発展が期待される、非常に興味深い結果です。
広がる推論時テクニックの潮流
Sakana AIのTransformer²は、いわば「推論段階での動的適応」を目指す流れの一例です。実際、2023年以降は、GoogleのTitansなど、同様に推論中の学習や記憶を可能にする研究が盛んになっています。また最近では、LLMのコンテキストウィンドウ(入力できる文字数)を拡張し、大量の外部情報を“オンザフライ”で参照しながら学ぶ手法なども提案されています。
「企業や組織が独自に持っているデータやノウハウを、即座にAIに反映させたい」というニーズは高まる一方です。こうした要求に対して、学習し直しや大規模ファインチューニングなしで応えられる技術が求められているのです。Sakana AIは、まさにそのニーズを満たす先進的な方法論を提示したといえます。
まとめ : AIが「生きた知能」に近づく未来
Transformer²がもたらす最大のインパクトは、静的にパラメータが固まったAIではなく、要求に応じて柔軟に“生きた知能”のように学習するAIへの道を切り開いた点です。Sakana AIの研究チームは「自己適応型システムこそが、複数ドメインにまたがる複雑な問題を解決する未来を拓く」と述べています。
- 大規模言語モデルを一度学習すれば、推論時にいくらでも能力を変化させられる
- 行列分解とzベクトルによって“技能”をモジュール化し、汎用性の高いAIアプリケーションを実現
- コードは既にGitHubで公開されており、オープンソースコミュニティとの連携拡大が期待される
「同じAIモデルを使いまわしても、自分の欲しい答えが得られない」ともどかしく思っていた方には、まさに朗報です。こうした研究の進展により、業界を問わず多くの現場が「必要なときに必要な能力だけを最大化するAI」を気軽に利用できる未来が近づいているのではないでしょうか。
もし新しいLLM技術の動向や、実際のビジネス応用に興味がある方は、今回紹介したTransformer²をはじめ、推論時アダプテーションの手法に注目してみてください。あなたの業務や学習、あるいは趣味のプロジェクトにおいても、驚くほどスムーズにAIを活用できるチャンスかもしれません。