AIはなぜ覚えられないのか?
生成AIやAIエージェントが身近になった今でも、「AIはなぜ人のように過去の会話を覚えられないのか?」と感じたことはないでしょうか。一度セッションが終わると、AIはすべてを忘れ、まるで初対面のように話を始めてしまいます。このAIの記憶喪失問題を根本から解決しようと挑戦するのが、急成長中のスタートアップ「Mem0(メムゼロ)」です。
本記事では、Mem0のビジョンと成長の背景、そしてAIが「記憶」を持つことの意味を探ります。
AI開発者だけでなく、企業でAI導入を進めるIT担当者や経営者にとっても、見逃せない内容です。
AIが抱える「記憶の壁」 忘れることで失われる価値

AI、特に大規模言語モデル(LLM)は、膨大な知識をもとに自然な対話を行えます。しかし、根本的な制約として「過去の会話を引き継げない」問題があります。一度セッションが終われば、AIは前回の話題、文脈、好み、作業履歴などをすべて失ってしまうのです。
人間なら、数日後に再び会話しても自然に話題を再開できます。ところがAIは、過去の文脈を保持できないため、継続的な関係性を築くのが困難です。企業がAIを顧客対応や社内業務に導入する際、この「記憶の欠如」は大きな障壁となります。
AIが本当に人のパートナーとして機能するには、過去のやり取りを理解し、文脈をもとに判断する力、すなわち「記憶レイヤー」が不可欠です。この課題を正面から解決しようとするのが、Mem0の挑戦です。
Mem0とは何か AIに“記憶”を与えるメモリーパスポート

Mem0は、AIが複数のアプリやプラットフォームをまたいで「記憶」を共有できる仕組みを提供するスタートアップです。創業者のTaranjeet Singh氏は、「メールアドレスやSNSアカウントを使い回すように、AIの記憶も持ち運べるべきだ」と考え、メモリーパスポートという概念を提唱しました。
開発者はMem0のAPIを利用することで、AIチャットボットや業務支援エージェントなどに記憶機能を簡単に組み込めます。ユーザーの会話履歴やタスク進行、好みや設定などを統合的に記録し、どのアプリでも継続して活用できるのが特徴です。
たとえば、AIチャットで話した内容が自動的にスケジュール管理アプリへ連携され、別のAIエージェントがそれを踏まえて提案してくれる、そんなつながるAI体験をMem0は実現しようとしています。すでにAWSのAI Agent SDKで公式メモリープロバイダーに採用されるなど、技術面でも高く評価されています。
成長を支える原動力 オープンソースと開発者コミュニティ
Mem0の急成長の背景には、オープンソース戦略と強固な開発者コミュニティがあります。創業から1年足らずで、GitHubでは4万以上のスターを獲得。Pythonパッケージは1,300万回以上ダウンロードされ、世界中のAI開発者から注目を集めています。
APIコール数も2025年第1四半期の3,500万件から、第3四半期には1億8,600万件を突破。月間30%近い成長を続けるという驚異的なスピードです。
Mem0はAPIやSDKをオープンソースで公開し、個人開発者から大企業まで自由に参加できる環境を整えています。ユーザーのフィードバックをもとに改良が進み、グローバルな開発ネットワークが形成されました。クラウド版も8万人以上が登録しており、商用利用や企業向けの導入も加速しています。
投資家陣にも、HubSpot創業者、Adobe元CPO、GitHub元CEOなど、ソフトウェア業界を代表する面々が名を連ねています。Mem0のビジョンが単なる技術トレンドではなく、AI時代の基盤と見なされている証拠といえるでしょう。
創業者Taranjeet Singh氏の挑戦 グローバル市場への飛躍
Mem0を率いるTaranjeet Singh氏は、インド・バンガロール出身のソフトウェアエンジニアです。PaytmやKhatabookなど複数のスタートアップで経験を積み、2022年には独立。AIアプリストアを立ち上げ、100万人以上のユーザーを獲得した実績を持ちます。
Singh氏が手がけたオープンソースプロジェクト「Embedchain」は、非構造データの検索や同期を簡単にするツールとして話題に。その経験をもとに、シリコンバレーの投資家へ200通以上のコールドメールを送り、粘り強く資金を調達しました。
その後、Tesla AutopilotのAIプラットフォーム責任者だったDeshraj Yadav氏を共同創業者に迎え、アメリカで本格始動。国境を越えた開発者コミュニティを巻き込み、世界的なAIインフラを目指しています。
AIアプリを進化させる「記憶レイヤー」の力

Mem0の技術が広がれば、AIの価値は根本から変わります。複数のAIエージェントが連携し、過去のやり取りを引き継ぐことで、業務や生活の効率化が格段に進むのです。
ビジネス活用の可能性
- 顧客対応やFAQ対応で、過去の相談履歴を踏まえた対応が可能に
- 社内業務の自動化やプロジェクト進行の最適化
- 複数ツール間で文脈を共有し、シームレスなAI運用を実現
個人利用の未来
- AIがスケジュールや健康管理、趣味嗜好を理解
- 長期的な関係性を築くパーソナルAIの実現
AIが「ツール」から「伴走者」に進化するためには、この「記憶レイヤー」が不可欠です。
まとめ:AIと人間が共に進化する社会へ

AIが人間のように記憶を持ち、ユーザーを理解する世界は、すぐそこまで来ています。Mem0が提唱する「メモリーパスポート」は、AI体験を人間的なものへと変え、業務・教育・日常のあらゆる分野で新たな価値を生み出します。
今後は、記憶データの扱い方やプライバシー保護など、倫理的な課題も議論されるでしょう。しかし、それを乗り越えた先には、AIが覚えてくれる社会が広がります。AIをより信頼できるパートナーに進化させるために、Mem0の挑戦は始まったばかりです。企業も個人も、この新しい潮流を見逃さず、積極的に取り入れていくことが求められています。


