ChatGPTやClaudeなどの生成AIが急速に企業へ浸透しつつあるなか、法務・コンプライアンス部門には新たな課題が突きつけられています。たとえば、「生成された文章の著作権は誰のものか?」「社内文書を入力しても大丈夫か?」「ユーザーの個人情報をどう保護するべきか?」といった疑問は、多くの現場でまだ曖昧なまま運用されています。
本記事では、企業が生成AIを安全に活用するために、知的財産権と個人情報保護の観点から押さえるべきポイントを、事例とともにわかりやすく解説します。
1. 知的財産(著作権・商標・特許)にまつわる3つの基本

1-1. AIが生成したコンテンツに著作権はあるのか?
文化庁が2024年3月に公表した「AIと著作権に関する考え方」は、生成AIが自動生成した文章や画像について「著作物性は認められない可能性が高い」と整理しています。ただし、同文書はガイドラインで法的拘束力はなく、将来の裁判例によって評価が変わる余地があることを忘れないでください。
著作権が成立するためには、人間が編集・選別・構成など創作的に関与した事実が必要とされます。そのため、プロンプトだけ入力して得られた生成物は無権利物として扱われることが多い一方で、既存作品と偶然重複するリスクは残ります。
著作権が成立し得る例
- 人間が編集や再構成を行い、独自の創作性を加えた場合
- 生成結果を下敷きにして、新たな構成・表現を付与した場合
このように、生成AIを“補助ツール”として使う範囲であれば、最終的な著作権はユーザー側に帰属すると考えられます。
1-2. 生成物が第三者の著作権を侵害するリスク
生成AIの学習データには、著作物が含まれている可能性があります。たとえば、以下のようなリスクが想定されます。
- 特定のアーティストの絵柄を模したイラスト
- 既存の記事や本の構成をなぞった文章
- ブランド名や有名キャラクターを含む画像
現時点でAIベンダー側が責任を負う範囲は明確でなく、企業ユーザーが自社の成果物として公開・販売する場合、著作権侵害リスクを十分に評価する必要があります。
✅ 対策:商用利用前には、生成結果を人間が目視チェックすること。生成物の出典特定やフィルター機能があるツールを選定すると安心です。
1-3. 商標権・特許権との関係は?
AIが生成した文章やネーミングが、他社の登録商標と偶然一致してしまうケースもゼロではありません。たとえば、プロダクト名やキャンペーン名をAIに考えさせた際に、既存商標とバッティングする可能性があります。
また、AIを使って考案された製品仕様や技術アイデアが、特許申請可能な水準にあるかどうかの判断も曖昧になりやすいのが実情です。
なお、現在の国内外の特許出願では、AIが関与していても発明者欄には必ず自然人を記載する必要があります。AI単独を発明者として認める制度は整備されておらず、発明者不記載・誤記載は無効理由となり得る点に注意してください
✅ 対策:商標データベースでの事前チェック/AI発案の技術に対する特許調査と専門家の関与を忘れずに。
2. 個人情報保護:生成AIに入力する内容、見られていませんか?

生成AIサービスの中には、ユーザーが入力した内容を「学習データとして再利用する」設定がデフォルトになっているものもあります。これにより、社内情報や個人情報が第三者に流出する危険性があります。
2-1. 入力してはいけない情報の具体例
情報種別 | 危険性 | 例 |
---|---|---|
顧客の氏名・メールアドレス | 個人情報漏洩リスク | 問い合わせ文作成時のコピー&ペースト |
社内の経営資料 | 競合への情報流出 | 会議議事録の要約依頼 |
従業員の評価コメント | ハラスメント・人事トラブル | 上司のフィードバック文作成依頼 |
✅ 対策:「入力禁止情報リスト」を明文化し、社内で共有・教育を徹底する。
2-2. 外部サービスの「データ使用方針」を確認する
ツール名 | デフォルト設定 | 商用利用時の推奨設定 |
---|---|---|
ChatGPT(Plus) | 入力内容をモデル改善に利用(設定で ON) | チャット履歴 OFF + Team/Enterprise 版の利用 |
Claude | 入力は学習非対象(標準で最大 30日 保管、ポリシー違反プロンプトは最長 2年) | 保管期間と利用規約を確認し、機密情報の入力を最小化 |
Gemini | 入力内容をモデル改善に利用(Gemini Apps Activity がデフォルトON。OFFにしても最大72時間保管、レビュー済みデータは最長3年保管) | Gemini Apps Activity を OFF + 管理コンソールで利用範囲を制御 |
*Claude の「30日保管」はユーザーが会話を削除しない場合の標準期間です。削除すると即時消去が可能です。
*Gemini は Workspace/Cloud 版など一部法人プランで学習対象外オプションを提供しています。
✅ 対策:サービス契約時に、入力データの利用範囲を確認し、チーム利用ではポリシーを社内で明文化しておきましょう。
2-3. 自社開発・社内完結型AIの選択肢
機密性が高い業務で生成AIを使いたい場合は、ローカルLLMや社内サーバー上に構築できる環境の導入が検討されます。たとえば以下のようなケースが考えられます。
- RAG(検索拡張生成)+社内ベクトルDB構成
- オープンソースLLM(Mistral/Llama3など)+Langflow
- Microsoft Copilot(Microsoft 365のテナント内で閉じた処理)
✅ 対策:情報の機密性レベルに応じて、「どの業務でどのツールを使ってよいか」のガイドラインを定めることが重要です。
3. 法務・コンプラ部門が今すぐやるべき実務対応5選

対応項目 | 内容 | 優先度 |
---|---|---|
1. 利用ポリシーの作成 | 利用目的・禁止事項・責任範囲を定義 | ★★★ |
2. 入力データの分類ルール | 機密・非機密・個人情報の基準化 | ★★★ |
3. ベンダー選定ガイドライン | 契約条項・データ取り扱い条件のチェック体制 | ★★☆ |
4. 教育・研修コンテンツの整備 | ユーザー研修・FAQ・事例紹介など | ★★☆ |
5. 定期的な運用レビュー | 誤入力・誤活用のモニタリング | ★★☆ |
4. よくあるQ&A:生成AI × 法務の実務で迷うこと

Q1:社外に公開する記事をAIで書いた場合、著作権表示は必要ですか?
→ 通常、AIのみが生成した文章は著作権対象外です。ただし、人間の編集が加わっていれば、その部分は著作物と見なされます。出典表示は任意ですが、ポリシーとして「AI補助あり」と明示する企業も増えています。
Q2:業務日報や議事録をAIで要約しても大丈夫?
→ 内部利用なら問題ありませんが、内容に個人名や評価が含まれている場合は注意が必要です。要約結果が個人の評価に直結しないように、トーンや表現に配慮しましょう。
Q3:生成AIの結果に誤りがあった場合、誰が責任を取る?
→ 多くのサービスは「出力内容の責任はユーザーにある」としています。社内で利用ルールと責任範囲をあらかじめ決めておくことが不可欠です。
まとめ:生成AI活用の成否は「ルール作りと教育」にかかっている

生成AIは、適切に使えば企業の生産性を飛躍的に高める力を持っています。しかし、法的リスクや情報漏洩のリスクを軽視すると、企業ブランドや信頼性に深刻なダメージを与える可能性もあります。だからこそ、法務・コンプライアンス部門には、ルール設計と社内啓発の両軸での対応が求められます。
- ポリシー策定・ベンダー選定・ユーザー教育を並行して進める
- 社内完結型の選択肢も視野に入れる
- 生成物を「人間が最終判断する」原則を忘れない
これらのポイントを実行することで、生成AIを安心して使える組織づくりが加速します。なおこの記事で取り扱った情報は2025年8月時点のものです。将来的には各生成AIの利用規約などが変更される可能性があることをご了承ください。