みなさんは、Google検索の60%以上がクリックにつながらない現状や、人々がChat GPTのようなLLMから検索を開始するようになることで、SEOが時代遅れになりつつあるのはご存知ですか?

AI時代のマーケティング戦略とHubSpotの戦略
HubSpot CEOであるヤミニ・ランジャン・ラナ氏のインタビューに基づき、AIがマーケティング、セールス、顧客サービスに与える影響、特に検索行動の変化、AIの活用による生産性向上、そして将来の労働力と顧客エンゲージメントのあり方について詳細に分析する。サンフランシスコがAI開発の中心地である現状や、企業がAIをどのように導入し、成果を上げているかに焦点を当てる。
AIの現状とサンフランシスコの役割
サンフランシスコは、OpenAIのChatGPTやAnthropicのClaudeなど、主要なAIスタートアップが設立された「AIの震源地」となっている。現在、AI業界では「AI OS戦争」とも呼べる基盤モデル(LLM)の覇権争いが繰り広げられており、OpenAI、Anthropic、Gemini、DeepSeekなどが競争している。これは1990年代のブラウザ戦争や、AndroidとAppleによるモバイルOS戦争に例えられる。
LLMレイヤーに加え、「エージェントソフトウェアモデル」という新たなアプリケーションレイヤーが急速に発展している。これは、従来のソフトウェアがユーザーの作業を「支援する」ものだったのに対し、エージェントは「作業そのもの」をアウトプットとして提供するという大きなパラダイムシフトを示している。
AIと雇用:自動化と拡張
AIの進展は、AmazonやMicrosoftなどの大手企業で人員削減につながるという見方が示されている一方で、ランジャン・ラナ氏は「AIは人間を拡張するもの」と強く信じている。
- 人員削減の可能性のある機能:
- Tier 1サポート:
顧客からの定型的な問い合わせ対応など、有限の作業量を持つ機能ではAIによる自動化が進み、必要な人員が減少する可能性がある。「もしAIが人間を補助してこれらのチケットを解決できるなら、サポートのような機能で必要となる人員の数は減少するだろう」。 - エントリーレベルの職務:
Tier 1サポートやBDR(ビジネス開発担当者)のような職務は、AIによる自動化に適している。BDRの主な仕事は、企業のリサーチ、メール作成、営業担当者との面談設定であり、これらはAIが大幅に支援できる。
- Tier 1サポート:
- 生産性向上により、人員が増加する可能性のある機能:
- 営業・セールス:
AIの活用により営業担当者の生産性が向上すれば、「営業担当者が多ければ多いほど、彼らがAIによって実際に生産的であれば、同じ時間でより多く売ることができるようになる」ため、売上成長を加速させるために人員を増やす可能性がある。 - 開発・エンジニアリング:
AIが開発プロセスを効率化することで、より多くのプロジェクトを少ない時間で実行できるようになる。
- 営業・セールス:
ランジャン・ラナ氏は、「数年後には存在しない役割もあれば、生産性向上を活かすために新たな役割が生まれるだろう」と述べ、AIが労働市場にバランスの取れた変化をもたらすと予測している。
HubSpotにおけるAIの活用事例
HubSpotは2023年以降、AIを社内オペレーションと製品ロードマップのあらゆる部分に組み込む「AIファースト」戦略を採用している。AIの導入は単なる人員削減のためではなく、「お客様に確信を持って語るため」の学習プロセスとして捉えられている。
- サポート部門:
- 過去18ヶ月間で、Tier 1サポートチケット(顧客からの初期段階の基本的なサポートに関する問合せ)の約50%をAIで解決できるようになり、サポート部門の人員数を維持しつつ、顧客満足度を高く保っている。「当社のTier 1サポートチケットのほぼ50%をAIを通じて解決できるようになりました」。
- これにより、Tier 1サポートを担当していた一部の従業員を、より高付加価値でプロアクティブなサポート業務や他のビジネス領域に再配置できた。
- プロスペクティング(見込み客開拓):
- AIを活用して顧客アカウントのリサーチ、メール作成、ミーティング設定を行っている。直近数四半期で、AIによって1万から1万2千件のミーティングを設定した。
- AIは、営業担当者が担当する顧客アカウント(通常100~400件)を分析し、既存の成功顧客に類似する情報を収集する。リーダーシップや戦略の変更などがあれば、それをメールアウトリーチの材料として活用する。AIがメールのドラフトを作成し、顧客とのやり取りからミーティングを設定する。
- マーケティング:
- ウェブサイト訪問者やYouTube視聴者の意図をAIで分析し、よりパーソナライズされたアウトリーチメッセージを作成している。
- これにより、マーケティング活動のコンバージョン率が+80%以上も向上した。「当社のマーケティング努力のコンバージョン率を80%から100%増加させました」。
ランジャン・ラナ氏自身も、ChatGPT、Claude、Geminiなどを日常的に使用し、研究、クリエイティブな文章作成、さらには「バイブコーディング」(自然言語でアプリのアイデアを表現し、AIにコードを生成させること)にも活用している。
AIによる検索とSEOの変革
AIは検索行動とSEO(検索エンジン最適化)を劇的に変化させている。
- 検索行動の変化:
- Google検索の60%以上が、クリックを伴わない「AI概要」(AI Overviews)として直接回答を提供している。「Google検索の60%以上が、ブルーリンクへのクリックにすら至りません」。
- これにより、ウェブサイトへのトラフィックを生成するための従来のSEOの有効性が低下している。AIが直接回答を提供するため、ユーザーはウェブサイトを訪問する必要性が減る。
- さらに、ユーザーは検索エンジンではなく、ChatGPTやAnthropicなどのLLMで直接質問を開始するようになっており、検索の出発点自体が多様化している。これにより、ウェブサイトへの訪問者数が減少する可能性がある。
- 新たなマーケティング戦略「AI最適化」:
- 従来のキーワードベースのSEOは通用しなくなり、新しい「AI最適化(AI Optimization)」の分野が台頭している。これは、AIが特定の質問に対する回答を見つけやすくすることに焦点を当てる。
- 「AIはキーワードを拾うわけではありません…これは、顧客や見込み客が持つ可能性のある特定の質問に答えることにはるかに焦点を当てています」。
- この新しい戦略では、特定の回答をどのように提供するか、複数の場所で繰り返し情報を提供してLLMに発見されやすくするか、といった方法論が求められる。
- チャネルの多様化:
- 検索トラフィックの減少に対応するため、企業はYouTube、Instagram、TikTok、コミュニティサイト、LinkedInなどの多様なチャネルで顧客とエンゲージする必要がある。
- HubSpotは、ブログのトラフィックが70%減少したという報道があるが、これは事前に予測していたことであり、過去3年間、チャネルの多様化戦略(ポッドキャスト、Eメールニュースレター、YouTubeなど)を進めてきた結果であると説明している。
- 「ブログのトラフィックは確かに減少しましたが、YouTubeトラフィックは改善し、Eメールニュースレターやポッドキャストを通じて顧客を引き付ける能力も向上しました」。
これらの変化により、マーケターは単にウェブサイトのトラフィックを心配するだけでなく、あらゆる場所での顧客と見込み客のコンバージョンに焦点を当てる必要がある。
AIによるセールスと顧客サービスの変革
AIは、セールスと顧客サービスの分野にも大きな変革をもたらしている。
- セールスにおけるAIの活用:
- 営業効率の向上:
営業担当者が顧客と対面する時間は通常20-30%に過ぎず、残りの時間はリサーチ、メール作成、フォローアップ、デモ準備などに費やされている。AIはこれらの非生産的なタスクを自動化することで、営業担当者がより多くの時間を顧客との対話に充てられるようになる。 - プロスペクティングエージェント:
AIは、アカウントのリサーチや、顧客のニーズに合わせた提案書の作成を支援する。 - CRMとの連携:
従来のCRMは手動でのデータ入力が多かったが、AIは通話、メール、会話のトランスクリプトなどの非構造化データから自動的に情報を抽出し、CRMに連携できる。これにより、営業担当者は手動入力の手間が省け、AIが会話に基づいて次のステップ(例:フォローアップメールの作成)を提案できるようになる。「AIはこれらすべてを自動的に引き出すことができ、今やあなたのCRMは全く異なります」。 - 人間的なつながりの重要性:
エージェント同士の自動売買は「非常に遠い」未来であり、セールスにおける人間のつながりの重要性は変わらないと強調している。「AIが人間を拡張し、より良い人間的なつながりを持てるようになる、それが私たちが生きる世界であり、セールスにおいて起こることだと思います」。
- 営業効率の向上:
- 顧客サービスにおけるAIの活用:
- 完璧なユースケース:
サポートはAIにとって「完璧なユースケース」である。長年顧客が経験してきた長時間待機や不満足な対応をAIが改善する。 - Tier 1サポートの自動解決:
AIは、顧客エージェントのナレッジベース、過去のサポート履歴、ウェブサイト情報などに基づいて質問に回答できる。HubSpotの顧客エージェントを利用する3,200社以上の顧客では、平均52%のチケットがAIによって解決されている。中には80%を解決している企業もあり、これはナレッジベースと過去のサポート記録の質に依存する。 - 人間への引き継ぎ:
複雑なサポート質問については、引き続き人間への引き継ぎが必要であるが、そのプロセスはよりスムーズになる。
- 完璧なユースケース:
- Anthropicの事例からの教訓:
- Anthropicが顧客サービスを完全にAIに任せようとしたが、最終的に人間を戻したという話について、ランジャン・ラナ氏は、AIの「誇張された解釈」に惑わされるべきではないと指摘する。
- 重要なのは、AIが「非常に特定のユースケースで顧客を助けることができる」という点に注目し、中小企業(SMB)がAIを容易に導入し、迅速に価値を得られるようなソリューションを提供することである。
- 「私たちは、テクノロジーのために物事をやるのではなく、より良い成果を出すために物事をやりたいのです」。
まとめ
AIは、顧客とのエンゲージメントのあり方を根本から変え、企業が成長するための新たな機会を創出している。検索行動の変化に対応するための「AI最適化」の必要性、AIによる営業・サポート活動の効率化、そして人間とAIが協働することでより高い生産性を実現するというビジョンが示された。
HubSpotの事例は、AIを戦略的に導入し、具体的な成果を上げている企業の先進的な取り組みを示している。この変革期において、企業は既存のチャネルに固執せず、AIの可能性を最大限に活用するための新しい戦略とアプローチを採用することが求められる。