「AIに仕事を奪われるのではないか」といった不安を感じている方も多いのではないでしょうか。確かに、テクノロジーの進歩は止められないものに思えます。しかし実際には、AIを含む技術の進化は、私たちの「選択」と「設計」によって進路が決まるものです。専門家たちは、技術はただ自然に進むのではなく、人間の意思によって方向づけられると指摘しています。
このコラムでは、AI時代において仕事や生活の質をどう高めていくか、その中で私たちが技術の「操縦桿」をどのように握れるのかを具体的に解説します。未来は、私たち自身の意思で形づくることができるのです。
AIと労働市場：変革の波と私たちの選択肢
AIなどの技術が進歩するなかで、「人間の仕事が不要になるのでは」という不安が広がっています。実際、米国では全業務の半分が生成AIの影響を受けるという予測もあります。また一部の技術者は、AIが人間の知能を超えることで、経済的に人間が必要なくなる可能性を懸念しています。
しかし、こうした未来は避けられないものではありません。技術の進化はあくまでも人間の意思によって推進されるものであり、社会全体でその方向を「操縦」していくことが可能です。たとえば、AIを搭載したアシスタントが人間の作業を補完する形で導入されれば、雇用の維持や創出につながります。一方で、自動運転やAIコールセンターのように、直接的に労働を代替する技術もあります。
大切なのは、「すべての健康な労働者に、高収入で意味のある仕事を提供する」社会のあり方です。仕事には、収入だけでなく、アイデンティティや自己肯定感といった心理的な価値も含まれています。社会保障制度が脆弱なほど、この「操縦」の必要性は高まります。
将来的に仕事の経済的価値が下がることを見越せば、技術は生産性向上にとどまらず、人間の幸福に寄与する方向へと進むべきなのです。
「操縦する経済学」：効率と分配のはざまで
本研究では、技術進歩を社会がどう制御し得るかという視点から、経済学的なモデルを構築しています。理想的な条件下では、社会計画者は生産性を最大化した後、所得の再分配によって社会福祉を向上させることができます。
しかし、実際の社会では再分配にはコストがかかり、理想どおりにはいきません。こうした状況では、計画者は所得移転が難しい分、技術の方向性を調整することで、貧困層が多く保有する労働などの生産要素の需要を高めるアプローチをとります。これにより、技術によって生じる分配の歪みを間接的に是正するのです。
とはいえ、労働の価値が極端に下落する状況では、この「操縦」だけでは限界があり、再分配政策の重要性が増していきます。つまり、分配コストが高い社会ほど、技術の方向を調整する意味が大きくなるということです。
技術をどう導くか：ロボット税・要因増強・自動化の設計
この理論をもとに、具体的な政策提言を3つ紹介します。
まず、ロボットが人間の仕事を完全に代替する場合、ロボット課税が有効な手段となります。この税は生産性を多少犠牲にしてでも、労働者の賃金や生活を支える財源となります。
次に、要因増強型技術。これはAIなどが資本や労働の能力を引き上げる技術です。特に資本と労働が補完関係にある場合、「資本を強化する」技術は、結果的に労働者の収入向上にもつながる可能性があります。
最後に、タスク自動化の選択。製品やサービスが複数のタスクから成り立つ場合、その一部だけを自動化することで、生産性と分配のバランスを取りつつ労働者の地位を守る方法もあります。
市場の歪みと現実の企業行動：競争ではなく「選好」が進路を決める
現実の市場では、完全競争は成立していません。企業が労働者の交渉力を下げるために技術を使う例（例えば脱スキル化や作業の標準化）も少なくありません。また、雇用者が市場で強い力を持つ場合、労働者を囲い込むような技術（競業避止契約、特殊なスキルトレーニングなど）を選びがちです。
こうした「歪み」を前提にすれば、技術の進歩を「操縦」する重要性はますます高まります。さらに、単一の商品ではなく、複数の消費財がある社会では、技術が所得だけでなく、商品価格にも影響を与えます。貧困層がよく消費する品目の価格を下げる技術を選ぶことで、彼らの実質所得を高めることも可能です。
金銭的価値を超える視点：テクノロジーが生む非金銭的な幸福
テクノロジーの影響は、賃金や雇用だけにとどまりません。仕事の意味や満足度、尊厳、プライバシー、自律性といった非金銭的な要素にも深く関わっています。
例えば、快適な職場環境、創造性を引き出すAI、自律性を保つツール、安全性を高める設備、学びを促す仕組みなどは、労働者の幸福に大きく貢献します。しかし、これらは市場では十分に提供されにくく、技術の方向性に対する公共の関与が求められる領域でもあります。
労働価値の低下と「操縦」の新たな焦点
将来的に労働の経済的価値が大きく下がるならば、技術の「操縦」の焦点も変わります。その場合、技術は生産性向上ではなく、人間の直接的な幸福や生活の質向上を目的としたものへと進むべきです。
労働に喜びを感じる人もいる一方で、苦痛と感じる人もいます。その多様性を踏まえ、仕事の有無にかかわらず、生活の質を高める技術を優先する社会設計が必要です。たとえば、健康、余暇、つながりといった要素を支援する技術への投資です。
誰が未来を操縦するのか？：私たち全員の手にある舵
では、技術の「操縦桿」を誰が握るのか。それは特定の誰かではなく、社会全体が担うべき役割です。
- イノベーターや企業家：自らの開発が社会に与える影響を意識し、より良い未来を作る方向に力を注げます。
- 労働組合・評議会：企業内の技術選択に関して、労働者にとって有利な判断を下す働きができます。
- 政府：AI研究の資金源として、公的視点から研究の方向性をコントロールする責任があります。
- 税制：現状では労働に重く課税され、資本偏重の技術革新を後押ししています。これを見直し、人間の労働を補完する方向に誘導する制度設計が求められます。
技術の進化を「受け入れるだけ」ではなく、「どう進化させるか」を私たち自身が決める。未来の仕事や生活は、私たち一人ひとりの選択の積み重ねによって形づくられるのです。
