自動運転「フルスクラッチ開発」からの転換で見えた新たな戦略とは?
この記事を読むメリット
この記事では、近年大きな進展を見せる自動運転分野において、トヨタ自動車がNVIDIAのGPUやOSを採用するに至った背景と、その影響を深堀りして解説します。以下のポイントを知ることで、読者の皆さんは
- トヨタが抱えてきた自動運転開発の苦悩
- Teslaとの関係やソフトウェア・エンジニア採用の裏事情
- NVIDIAとタッグを組む戦略の狙いと、コスト面の課題
- 「ゲーム業界的」裏技がもたらすビジネスモデルへのヒント
といった、他ではあまり語られないリアルな物語と戦略的思考を把握することができます。
「自動車業界がどのようにソフトウェア・ビジネスと向き合っているのか?」という疑問を持つ方や、「トヨタは世界最大手にも関わらず、なぜ自動運転で遅れを取ったのか?」という意外な事実に興味がある方にとっても、本記事は新鮮な視点を提供するでしょう。
トヨタ×NVIDIA、CES2025で発表された衝撃
2025年、ラスベガスで開催されたCES(世界最大級のテクノロジー見本市)の基調講演で、NVIDIAのCEOであるジェンスン・フアン氏が、「トヨタ自動車がNVIDIAのGPUとOSを採用する」ことを明らかにしました。この発表は、自動車業界・IT業界両方にとって大きなインパクトを持ちます。
なぜなら、トヨタ自動車はこれまで自社開発を中心に、自動運転技術を「フルスクラッチ」で実装しようとしてきたからです。ところが、トヨタはここにきてNVIDIAの力を借りる選択をした。いったい何があったのでしょうか?
自動運転開発と「TRI(現Woven by Toyota)」の試行錯誤
学者肌の研究者 vs. モノづくり重視のトヨタ
2018年に、トヨタ自動車は自社の先端自動運転研究を担う組織としてTRI(Toyota Research Institute)を設立(現在はWoven by Toyotaへ改組)しました。最先端の学術研究者を多数雇い入れたものの、研究者は論文発表を優先しがちで、現場のトヨタ社員との間に温度差があったと言われています。
- 研究者側:最新の高価なGPU(NVIDIA)を使ってプロトタイプを作り、論文に注力
- トヨタ現場側:「そんな高価な部品を量産車に載せられるわけがない」と冷ややかに見ていた
このように、トヨタ自動車内部には当初からGPU導入に対する抵抗感があったのです。
デンソーとソフトウェア・エンジニア不足のジレンマ
トヨタ自動車とともに自動運転開発を進めてきたデンソーも、優秀なソフトウェア・エンジニアを確保すべく、2018年には元Googleの及川卓也氏と技術顧問契約を結びました。しかし、
- 東京に拠点を移しても「外資系・ゲーム会社」との人材獲得競争は厳しい
- 旧来の雇用体系では、ストックオプションなど魅力ある条件を提示しにくい
といった壁にぶつかってしまいました。日本の自動車サプライヤーが、ソフトウェアが重要視されるシリコンバレー流の採用競争に乗り遅れていたのは、驚きともいえる現実です。
Teslaとの関係解消から見えた「経営判断ミス」?
トヨタ自動車はかつてTeslaと提携し、EV(電気自動車)の共同開発も行っていました。ところが、当時のトヨタ経営陣は
- 「EVでは利益を上げにくい」
- 「ハイブリッドで稼いで、水素にシフトすればよい」
という考えに傾き、結果としてTeslaの株を全て売却。その後、Teslaが自動運転領域で目覚ましい進化を遂げると、トヨタは大きな後れを取った格好になりました。
トヨタのソフトウェア担当副社長に「Teslaの脅威」と「ストックオプションの重要性」を理解しなかったという話もあるようです。皮肉にも、トヨタは「Tesla株ではもうけさせてもらった」と考えていたようですが、それ以上の利益(技術的優位)を逃してしまったわけです。
なぜ今になってNVIDIAを採用したのか?
「フルスクラッチの限界」と「圧倒的データ量」
トヨタは長く「トヨタ+デンソー」で独自の自動運転システムを開発しようとしてきました。しかし、
- ソフトウェア・エンジニア不足
- Teslaとのデータ量の差
- 研究組織と現場の温度差
といった複数の要因から、フルスクラッチ開発が難しいと判断せざるを得なくなった。そこで、機械学習のためのシミュレーターやGPU、開発環境をワンストップで提供できるNVIDIAに頼るのは、ある意味で必然とも言えます。
Jensen Huang氏がTeslaを絶賛する理由
NVIDIAのCEOジェンスン・フアン氏は基調講演で、NVIDIAを採用していないはずのTeslaを褒め称えました。一見不思議に思えますが、実はTeslaはサーバーサイドでNVIDIAのGPUを大量に使っている“上顧客”です。さらに、
- 「Teslaの自社製チップを開発できる能力に他の自動車メーカーは追いつけない」
- 「だからこそNVIDIAと組むしか手段がない」
という構図を強調する狙いがあったわけです。
課題:GPUコストをどうするのか?
トヨタがNVIDIAのハードを搭載するとき、一台当たり3,000~5,000ドルのコスト増加が懸念されます。Teslaは自社開発チップのおかげでコストを抑え、車両全体に自動運転ハードを標準搭載し、あとはソフトウェアをオプションとして販売(買い切り or サブスク)するビジネスモデルを確立しました。
しかし、NVIDIAのGPUを搭載せざるを得ないトヨタには、同じ手が使えません。ハード自体をオプション化する場合、普及も進まないというジレンマが生じます。
「ゲーム業界的」ビジネスモデルという裏技
ここで注目すべきは、NVIDIAがゲーム機メーカーに提供してきた**“コスト抑制”の取引手法**です。具体的には、
「GPUを本来4,000ドルで売るところを1,000ドルに値下げする代わりに、
自動運転オプションが売れたら、そのソフトウェア売上の一部(3,000ドル)をNVIDIAに払う」
というようなモデルが考えられます。こうすることで、
- 一台あたりの初期コストを押さえて大量導入しやすくする
- ソフトウェアオプションが売れれば、NVIDIAにも十分な利益が入る
というメリットが両社に生まれるのです。NVIDIAはもともとGPUで粗利70%以上を確保できる会社ですから、条件次第では十分に成立するはずです。
まとめ:トヨタとNVIDIA、それぞれの思惑
- トヨタ自動車:Teslaの成長を目の当たりにし、自動運転ソフトウェア開発の大きな壁を痛感。NVIDIAの強力な開発基盤とサービスに救いを求めた。
- NVIDIA:ゲームからサーバー、AI、自動車まで幅広く展開し、自動車メーカーへのソリューション提供を拡大。Teslaをあえて絶賛し、「NVIDIAと組まないと彼らには勝てない」という強いメッセージを送る。
今後、トヨタがNVIDIAとの間で「ゲーム業界的」取引を成立させ、全車標準搭載で一気に自動運転プラットフォームを普及させる可能性は十分にあります。その結果、トヨタは世界最大級の生産台数を背景に「ソフトウェア・オプション」のビジネスモデルを新たに確立できるかもしれません。
一方で、従来型の硬直した開発・雇用体制を根本から見直さない限り、真の意味でTeslaに追いつくのは容易ではないでしょう。自動車産業は今、大きな変革期にあります。「ソフトウェアこそが、製品価値の差を決める」という時代、日本企業がどこまで柔軟にシフトできるのかが試されています。