生成AIの普及初期、注目を集めたのは「良いプロンプトの作り方」でした。ChatGPTやClaudeに的確な指示を与えることで、より望ましい回答を引き出せる——そのテクニックは多くの担当者が試行錯誤しながら磨いてきました。しかし、企業での本格導入となると、個人の工夫だけでは限界が見えてきます。プロンプトが人ごとに異なり、品質や再現性にばらつきが出るからです。
いま企業に求められているのは「プロンプトの巧みさ」ではなく「業務全体を設計する力」です。つまり、プロンプトを含む一連の流れをワークフローとして設計する新常識が必要になっています。
プロンプト設計の限界と課題

プロンプト設計は確かに重要ですが、以下のような課題を抱えています。
- 品質のばらつき:人によって同じ課題に対して異なる結果が出やすい。
- ブラックボックス化:経験や勘に依存し、ノウハウが属人化する。
- 再現性の欠如:同じプロンプトでもバージョン更新や文脈で結果が変わる。
- 説明責任の難しさ:経営層に「なぜこの結果なのか」を説明できない。
これらは、個人利用の範囲なら許容されても、全社導入では大きなリスクになります。AI活用が「偶然の成功」ではなく「安定した成果」につながるためには、属人的なプロンプト設計から抜け出す必要があります。
ワークフロー設計という新常識
そこで登場するのが「ワークフロー設計」という考え方です。これはプロンプトを単体で考えるのではなく、業務プロセス全体にAIを組み込む設計思想を指します。
たとえば契約書レビューのケースでは、以下のような仕組みを作れば、誰が利用しても同じ品質と流れが担保されます。
- 文書をAIが一次チェック
- 指摘結果を定型フォーマットでまとめる
- 担当者が最終確認し承認フローに回す
RPAが定型処理を自動化したように、生成AIは「非定型業務を仕組み化」できるのが大きな違いです。
プロンプト設計とワークフロー設計の違い

プロンプト設計とは
- 定義:AIに入力する指示文(プロンプト)を工夫して、望ましい出力を得るためのテクニック。
- 対象:個人レベルでの利用が中心。
- 特徴:
- 「どう聞くか」によって結果が変わる。
- クリエイティブさや表現の工夫が重要。
- 属人的になりやすく、再現性や標準化が難しい。
- 例:
- 「この文章を200文字で要約して、最後に3つのポイントを列挙してください」
- 「契約書の中でリスクのある条項を3つ挙げ、その理由を説明してください」
ワークフロー設計とは
- 定義:プロンプトを含む業務プロセス全体を設計し、AIを仕組みの中に組み込むこと。
- 対象:部門や組織単位の業務。
- 特徴:
- 「どう使うか」を仕組み化する。
- 標準化・ガバナンス・拡張性を重視。
- 属人的なスキルではなく、組織で再現可能な仕組みに落とし込む。
- 例:
- 「AIが契約書を一次レビュー → 結果を定型フォーマットで出力 → 担当者が承認 → 最終稟議に回す」
- 「FAQ応答をAIが生成 → 信頼度の低い回答は人にエスカレーション → ログを蓄積して精度改善」
プロンプト設計とワークフロー設計の違い:まとめ
項目 | プロンプト設計 | ワークフロー設計 |
---|---|---|
視点 | 個人 | 組織・業務全体 |
ゴール | より良い出力を得る | 誰が使っても同じ成果を得る |
主な課題 | 属人化、再現性の欠如 | 導入コスト、設計工数 |
成功のカギ | 言葉の工夫 | プロセスの仕組み化 |
活用例 | レポート要約、アイデア発想 | 契約書レビュー、顧客対応、社内FAQ |
つまり、
- プロンプト設計は「1回の出力をよくする工夫」
- ワークフロー設計は「継続的に成果を出せる仕組みづくり」
という違いになります。
ワークフロー設計の実践ポイント

では、具体的にどのようにワークフローを設計すればよいのでしょうか。IT担当者が押さえておくべきポイントを整理します。
1. 標準化
業務ごとにテンプレートを整備することで、誰が使っても同じ成果を得られるようにします。FAQ応答、議事録作成、法務チェックなどは標準化しやすい領域です。
2. ガバナンス
ログ管理や権限設定を行い、「誰がどの情報をAIに入力したか」を追跡可能にします。監査対応を考慮した設計は、今後ますます重要になります。
3. 拡張性
追加のデータソースや外部APIとの連携を見越した設計を行いましょう。小さく始めても将来拡張できる柔軟性が、投資対効果を最大化します。
4. 人との役割分担
AIが提案を出し、人間が最終判断する二段構えの体制が基本です。責任の所在を明確にすることで、現場の安心感も高まります。
IT担当者が果たすべき役割

ワークフロー設計の成否は、企業のIT担当者にかかっています。主な役割は以下の通りです。
- ユースケース選定:部門横断で業務課題を洗い出し、AI導入の効果が大きい領域を特定。
- 技術選定とセキュリティ設計:クラウド利用かローカルLLMか、どのプラットフォームを採用するかを判断。
- 社内浸透支援:トレーニングやナレッジ共有を仕組み化し、現場の利用定着を後押し。
つまりIT担当者は、単なるツールの導入者ではなく「AI活用を社内で仕組みに変える設計者」としての役割を担うのです。
まとめ:AI活用は「設計力」で成果が決まる

生成AIの企業導入は、プロンプトの工夫にとどまっていては成果が安定しません。必要なのは、プロンプトを含めた業務フロー全体を設計する力です。標準化・ガバナンス・拡張性・人との役割分担を意識したワークフローを構築することで、誰が使っても同じ成果を出せる体制が整います。
そしてその中心に立つのは、企業のIT担当者です。今後は「プロンプトを考える人」から「ワークフローを設計する人」へ。AI活用の成否は、まさにその設計力にかかっていると言えるでしょう。