AIを支えたイジング模型とホップフィールドモデルの秘密
「AIは実際に何がすごいのか、科学とどう結びついているの?」――そんな疑問を持っている方も多いのではないでしょうか。本記事を読めば、AIがどのようにノーベル賞級の研究を支え、科学の新しい扉を開いているのかが分かります。
物理学の世界から生まれたイジング模型やホップフィールドモデルが、現在の画像生成AIやタンパク質構造予測の根幹にどうつながっているのか。その意外な接点や、専門家しか知らないエピソードにも触れながらご紹介します。「AIと科学は別世界のもの?」と感じている方がこの記事を読むと、最先端の研究のウラ側と今後の可能性を垣間見ることができるはずです。
この記事で得られる主なメリットは以下のとおりです。
- AIと科学のつながり:物理学や化学との接点がどのように生まれているかを理解できる。
- 生成AIの最先端:拡散モデルやエネルギーベースドモデルなどの仕組みを背景から押さえられる。
- ノーベル賞の裏話:AIを用いた研究がなぜ評価され、どんなインパクトを持つのかを知ることができる。
「AIが科学を革新する」とは言われても、その道筋は一見難解で不透明。しかし、意外にも“昔からあるシンプルな物理のモデル”が、今や画像生成やタンパク質構造予測などを支える重要な基盤として生き続けています。AIと物理・化学の話を同時に聞くと「門外漢にはハードルが高い」と思われるかもしれませんが、実は多くの研究が“自由エネルギーが低いほうへ転がる”という自然のシンプルな法則を応用しているだけなのです。ここにこそ、専門家でなくても理解しやすい“意外な共通点”が隠れています。
それでは、物理学者ジョン・ホップフィールド氏のモデルや、イジング模型の歴史から、最新のAlphaFoldまで、順を追って解説していきましょう。
物理学から始まったイジング模型の世界
イジング模型とは?
イジング模型とは、上向きか下向きのスピンしか取らない粒子が格子状に並び、隣接粒子との相互作用でエネルギーが決まり、熱力学的な振る舞いを示す単純化された物理モデルです。統計物理なども多分野で応用されています。
イジング模型は1820年ごろから研究されていた!?
まず驚くべき事実として、イジング模型の起源は19世紀初頭にさかのぼると言われています。もともとは磁性体の性質を理解するために、原子が全て同じ向きを向くかどうかを非常に単純化した形で表現したモデルでした。その後、1940年代に物理学の天才、オンサーガーが“二次元の場合”の厳密解を導き出し、一躍脚光を浴びた歴史があります。
“エネルギーが低い状態”を求めて動く粒子
イジング模型では、上向きか下向きか、二つの向きしか取らない粒子が多数存在し、それぞれが隣り合う粒子との相互作用や自分自身の「上向き・下向きの好み」によって“エネルギー”を決めます。全体としては、時間が経つにつれてエネルギーがより低い方向へ落ち着こうとする性質を持ちます。ボールを坂の上に置けば自然に転がっていく、あのイメージです。
このようなシンプルな仕組みが、実はAIの世界――特に“生成AI”に大きく関わっていくことになります。最初は「磁性体や結晶の性質を知るため」だったイジング模型が、なぜAIと関係するのか、ピンとこない方も多いかもしれません。しかし、ここに面白い展開が隠れているのです。
ホップフィールドモデルと生成AI
連想記憶をエネルギーのくぼみに刻む
イジング模型のように「エネルギーが低いところへ落ち着く」という性質を使って、観測データを記憶しようとしたのがアメリカの物理学者ジョン・ホップフィールド氏のアイデアです。たとえば、犬や猫、うさぎなど複数のデータを見せたとき、それらがエネルギーが低い“安定な状態”として記憶されるように重みを学習させる。そうすれば、後でノイズ混じりの画像からでも犬や猫を“思い出す”ように復元できる――これがホップフィールドモデルの連想記憶の考え方です。
実は1970年代に日本の研究者(中野馨氏や甘利俊一氏)がすでに同様の発想を提案していました。しかしホップフィールド氏は、連想記憶の本質を抽出し、他分野との関連を分かりやすく示す論文を書いたことで、一気に世界的なブームを巻き起こしたのです。研究成果が評価されるには「最初の発見」だけでなく「どれだけ波及効果をもたらしたか」も重要――というのは、研究者ならではの視点かもしれません。
エネルギーベースドモデルから拡散モデルへ
エネルギーベースドモデルという枠組みでは、エネルギーが低い方向に自然に下っていく過程で「生成」や「復元」が行われます。しかし、かつては「もっと深いエネルギーの谷があるのに、途中で止まってしまう」などの問題がありました。
近年注目を浴びている拡散モデルは、こうしたエネルギーベースドモデルの欠点を補うように開発されました。一度ノイズを加えてデータを崩し、その過程を学習したうえで逆方向にたどり直す――これにより精巧な画像やテキストを生成できるわけです。
AlphaFoldとAIが切り開く科学の未来
ノーベル化学賞を受賞した「AlphaFold」の衝撃
もう一つノーベル賞を受賞した事例として挙げられるのが「AlphaFold」です。DeepMind社が開発したタンパク質構造予測AIで、実験では困難なタンパク質の正確な折りたたみ構造を推定できるため、一気に生命科学分野を加速させました。最新のAlphaFold3では拡散モデルを採用し、タンパク質だけでなく核酸や薬候補分子とのドッキング構造まで予測可能になっています。
シミュレーションの加速が科学を進める
AIが科学を大きく前進させる鍵として“シミュレーションの加速”が挙げられます。
- AlphaFold:実験データを学習して、従来には考えられない速度でタンパク質構造を推定
- Matlantisなど:第一原理計算(量子化学計算)を学習し、実験データがなくても高速シミュレーションを可能に
これまでの科学研究では、実験や計算が膨大なコストと時間を要していました。しかし、AIを活用すれば、必要なデータを圧倒的なスピードで得られるようになります。昨年度のノーベル物理学賞と化学賞にAIを使った研究が選ばれた背景には、この「基礎的な部分の大幅な効率化」を実現したインパクトの大きさがあるのです。
まとめ:AI×科学の未来は始まったばかり
イジング模型とホップフィールドモデルに代表される“エネルギーベースド”という考え方は、物理学から生まれたシンプルな原理です。しかし、その考え方が現代の拡散モデルをはじめとする生成AIに発展して、今やノーベル賞級の科学にまで応用されています。
「専門知識がないと理解できない…」と最初は感じるかもしれませんが、根底にあるのは「より安定した(エネルギーの低い)状態へ自然に落ち着く」という自然の摂理です。この単純な仕組みが、画像生成から薬の設計まで幅広い分野を支えています。
本記事をきっかけに、AIが単なる“自動化ツール”を超えて、科学そのものを革新しているという視点をぜひ持っていただければと思います。私たちがこれから体験するであろう飛躍的な進展は、意外にも昔から研究されてきた物理モデルと最新のコンピュータ技術が融合した結果なのです。AIと科学の接点はまだまだ広がっていくでしょう。今後の進化に、ぜひ注目してみてください。