生成AIによる画像生成が一般化するなか、本人の同意なく人物の画像を加工・生成する「非同意ディープフェイク」が深刻な社会問題となっています。こうした状況を象徴する出来事として、EUの規制当局は、X上で提供されている生成AI「Grok」による性的ディープフェイク画像の拡散をめぐり、プラットフォーム側の対応が適切だったかどうかの調査に乗り出しました。
この動きは、プラットフォーム企業だけの問題ではありません。企業が業務で生成AIを活用する場合でも、画像生成や編集、人物データの取り扱いを誤れば、同様のリスクを抱えることになります。本記事では、EUによる調査事例を起点に、非同意ディープフェイク問題の本質と、企業が生成AIを安全に利用するために整えるべき対応策を整理します。
非同意ディープフェイクとは何か

とくに問題視されているのが、実在する人物の顔を別の画像や映像に重ねる行為です。性的表現や虚偽の行動を含むコンテンツが作られるケースも多く、被害者の名誉やプライバシーを深刻に侵害します。こうした被害は個人の精神的ダメージにとどまらず、勤務先や関係企業の信用低下につながる可能性もあります。
生成AIによるディープフェイクが従来と異なる点は、その拡散力です。SNSやチャットツールを通じて一気に広まり、削除や訂正が追いつかない状況が生まれやすくなっています。また、画像や動画の真偽を見分けることが難しくなっているため、見る側が誤った情報を事実として受け取ってしまうリスクも高まっています。
企業内でも非同意ディープフェイクが行われる可能性
企業にとって重要なのは、非同意ディープフェイクが社外だけの問題ではないという点です。業務で生成AIを利用するなかで、社員が資料作成やコンテンツ制作の目的で人物画像を扱うケースは少なくありません。意図せずとも、ルールが曖昧なまま利用を進めれば、非同意ディープフェイクに近い行為が発生する余地があります。
このように、非同意ディープフェイクは技術的な問題というよりも、生成AIの使い方と管理の問題として捉える必要があります。次章では、規制当局がこの問題をどのように見ており、何を重視しているのかを整理します。
規制当局は何を問題視しているのか

非同意ディープフェイクをめぐる近年の規制動向を見ると、当局が重視しているポイントは単純ではありません。生成AIによって不適切な画像や動画が作られた事実そのものよりも、「そのリスクを事前に想定し、どのような対策を講じていたか」が問われています。
EUがXを調査対象とした背景にも、この考え方があります。焦点となっているのは、生成AIが悪用される可能性をプラットフォーム側が十分に評価していたか、そして、そのリスクを抑えるための技術的・運用的な措置が適切に実装されていたかという点です。
重要なのはリスク評価と継続的な改善のプロセス
規制当局がとくに注目しているのが、リスク評価と継続的な改善のプロセスです。生成AIは一度リリースして終わりではなく、利用実態や悪用事例を踏まえて、安全対策を見直し続けることが求められます。想定外の使われ方が明らかになった場合に、どれだけ迅速に機能制限やルール変更を行えたかも重要な判断材料になります。
また、利用者任せにしていないかも大きなポイントです。利用規約や注意書きを提示するだけでは不十分で、技術的な制限や検知の仕組みを通じて、リスクを現実的に下げる努力をしていたかどうかが問われます。これは「使い方を誤った利用者が悪い」という姿勢では、通用しなくなっていることを意味します。
この考え方は、プラットフォーム企業だけでなく、生成AIを業務に取り入れる一般企業にも影響します。社内利用であっても、危険な用途を想定せずにツールを配布した場合、管理責任を問われる可能性が高まります。次章では、こうした規制の視点を踏まえ、企業利用においてどのような生成AIリスクが実際に起こり得るのかを具体的に見ていきます。
企業利用でも起こり得る生成AIリスク

たとえば、営業資料や採用コンテンツ、社内向け説明資料の作成において、人物画像を生成AIで作るケースがあります。実在の人物に似た顔や、社員や顧客を連想させる表現が含まれていた場合、意図せず非同意ディープフェイクに近い状態になる可能性があります。悪意がなくても、結果として問題になる点が企業利用の難しさです。
外注や委託先を通じたリスクも見逃せません。制作会社やマーケティング代理店が生成AIを使ってコンテンツを作成する場合、企業側が把握しないまま人物画像や音声が生成されることがあります。最終成果物だけを確認していると、制作過程でどのようなAIが使われ、どの素材が投入されたのかを追えなくなることがあります。
また、社員の個人判断による利用もリスクになります。業務効率化を目的に、個人アカウントの生成AIサービスを使い、画像やデータを作成するケースは珍しくありません。このような利用が社内ルールの外で行われると、ログが残らず、問題発生時に事実関係を確認できなくなります。
さらに、生成AIで作られた画像や資料が社外に流出した場合、企業のブランドや信頼性に直接的な影響を与えます。ディープフェイクと受け取られかねない表現が含まれていれば、説明や謝罪に追われるだけでなく、法的リスクに発展する可能性もあります。
情シスが整えるべきAI利用ルール

最初に取り組むべきは、生成AIの利用範囲を定義することです。文章生成は許可するが、人物画像の生成や編集は原則禁止とするなど、用途ごとに可否を整理します。とくに実在の人物や、社員、顧客を想起させる素材の取り扱いについては、例外条件を含めて明文化しておく必要があります。
次に重要なのが、ツール選定時の観点です。生成AIサービスごとに、安全機能や制限の考え方は異なります。画像生成における人物制御やフィルタリング、利用ログの取得可否などは、導入前に確認しておくべきポイントです。価格や性能だけで選定すると、後から運用上の制約に直面することになります。
社内ガイドラインと教育も欠かせません。ルールを作っても、現場が理解していなければ意味がありません。なぜ人物画像の扱いが問題になり得るのか、どのような行為が非同意ディープフェイクにつながるのかを、具体例を交えて共有することが重要です。禁止事項だけでなく、代替手段を示すことで、現場の反発も抑えやすくなります。
技術面と運用面での具体的対策

ルールを定めるだけでは、生成AIのリスクは十分に抑えられません。非同意ディープフェイクのような問題に対応するためには、技術的な仕組みと日常運用を組み合わせて管理することが不可欠です。
まず重要なのが、入力データの管理です。生成AIに投入できるデータの種類を制限し、人物画像や個人が特定できる素材については、原則として利用できない設計にします。可能であれば、社内向けの生成AI環境を用意し、個人アカウントや外部サービスへの直接入力を避ける形にすることが望ましいです。
次に、ログと証跡の確保が挙げられます。誰が、いつ、どのツールを使い、どのような生成を行ったのかを追跡できる状態を作ることで、問題発生時の事実確認が容易になります。これは抑止効果としても有効で、利用者側の意識向上にもつながります。
承認フローと権限管理も欠かせません。全社員が同じ権限で生成AIを使える状態は、リスクが高くなります。業務内容に応じて利用範囲を分け、人物画像や高度な生成機能については、事前承認制にするなどの工夫が必要です。こうした設計は、過度な制限を避けつつ、事故を防ぐ現実的な落としどころになります。
インシデント対応の準備も重要です。不適切な生成が行われた場合に、どこへ報告し、誰が判断し、どのように対応するのかを事前に決めておくことで、初動の混乱を防げます。法務や広報と連携し、社外への説明や削除対応まで含めた流れを整理しておくと安心です。
最後に、外部委託先との関係です。制作会社や代理店が生成AIを使う場合も、企業の責任が問われる可能性があります。契約段階でAI利用に関するルールを明示し、必要に応じて報告や監査ができる体制を整えておくことが、リスク低減につながります。
これらの対策は、一度整えれば終わりではありません。生成AIの進化とともに、新たなリスクが生まれることを前提に、定期的な見直しを行うことが重要です。次は、記事全体を踏まえたまとめに進みます。
非同意ディープフェイク問題から学ぶ企業でのAI活用:まとめ

非同意ディープフェイク問題は、生成AIの一部の悪用事例ではなく、企業がAIを業務に取り入れる際に必ず向き合うべきリスクの一つです。EUがXを調査した事例が示しているのは、問題が起きたかどうか以上に、リスクを想定し、管理し、改善する体制を整えていたかが問われる時代に入ったという点です。
企業における生成AI利用でも、人物画像や個人情報の取り扱いを誤れば、意図せず非同意ディープフェイクに近い状況を生み出す可能性があります。善意の利用であっても、ルールが曖昧なままでは、事故や信頼低下につながりかねません。
だからこそ、情シス部門が中心となり、利用範囲の線引き、ツール選定の基準、ログや承認フローといった運用設計を整えることが重要になります。技術的な対策と組織的なルールを組み合わせることで、生成AIはリスクではなく、企業の生産性を高める手段として活かせるようになります。
規制当局の動きを「対岸の火事」と捉えるのではなく、今後の企業AI活用の前提条件として受け止めることが、持続的な生成AI活用への第一歩です。


